「なぜこんな簡単なことも出来ないのか」
自分が情けなくなることがあります。
何度やっても不器用で指が回らない。譜面を見てすぐに弾ける人がうらやましくなる。
ついには、投げ出したくなってしまう。
そんなとき、自分を励ますために思い出すことがあります。
ある有名なバレエダンサーが言っていたことば。
「最初から足の上がる人は才能があるとは言えません。
足が上がらなくても毎日一生懸命練習する。
そうすると、ほんの少しずつでも上がるようになる。
足は心を込めて上げなければ上がらない。
だから、その0.1ミリにも魂が宿るようになる。
そういう人は、足を上げただけでもそこに重みというか何かがある。
お客さんが感動するのはそういうダンサーです。」
「すぐに達者に弾けるからピアノの才能がある」
「最初から高い声を持っているから声楽の才能がある」
そう思ってしまいがちですが、実はそうではないというのです。
もちろん、「足が上がらないから才能がある」と言っているわけではありません。
動かないものを動かすようにする。出来ないものを出来るようにする。その過程における成長が才能なのではないでしょうか。
成長こそが人を感動させるのだと思います。
- 最初からすぐ出来る人は才能があるとは言えません:永井千佳の音楽ブログ:ITmedia オルタナティブ・ブログ (via petapeta)
「Reddit」ユーザーのacntechさんが教えてくれたのは、キーボードやマウスから手を離す時には、マウスの下にアナログの時計を置いておくというアイデアです。秒針が常に動いているので、これでスクリーンセーバーが作動するのを防ぐことができます。
- 一瞬だけ席を外す時に…スクリーンセーバーを作動させないためには「アナログ時計をマウスの下に置くといい」 : ライフハッカー[日本版] (via syuta)
ジャパネットたかたの高田社長がビデオカメラを売る際に
子どもだけじゃなくて、親の顔を撮ったほうがいい、
その子どもが大きくなったときに、自分が幼い頃なんて
ぶっちゃけどうでもいいけれど、自分の誕生を両親が
どれだけ喜んでくれていたかを実感できるのは素敵だと
いうような話をされていたんだけど、ほんとにそうですね。
同じことは結婚式とかの祝いごと全般にいえるんですけど、
大事なのは当人よりも周囲の人たちだったりしますね。
たぶんプロのカメラマンはそこをよくわかってるんでしょうね。
周囲は背景じゃなくて、むしろメイン。
もちろん当日のメインは新郎新婦なんだけど、
彼らが後日いちばんうれしい(見たい)写真は
自分たちの笑顔じゃなく参列者が心から喜んでくれる様子で、
それを記録しなきゃもったいない。
そういうことにいまさら気づいてちょっと後悔しています。
甥っ子や姪っ子が生まれたときに、
そりゃもうかわいいものだからアップで撮りまくってて
ぼくのパソコンのハードディスクにはそんな写真や動画が
いっぱい入ってるんですけど、妹夫婦の顔とか、
うちの両親(つまりおじいちゃん、おばあちゃん)の顔は
ほとんど残ってない。だって撮ってないもの。
これからは周囲をいっぱい撮ることをオススメします。
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周囲を写すこと - いつかの昨日 (via ishizue)
63 素敵な旦那様 :04/07/10(土) 15:40
言葉を発する前に
「これを言ったら空気が悪くなるかな」と考えてからしゃべるようになった
あんまり本心を言わなくなった
自分の事は言わなくなった
無口になった
世界中のお父さんが何故ここまで無口で謙虚なのかやっとわかった
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あぁ 俺もう独身じゃないんだぁと思った瞬間。:アルファルファモザイク
2009-02-10 (via reretlet) (via naimononedari) (via blackwidowrus, reservoir)
2009-12-09
(via mmtkk) (via mitukiii) (via highlandvalley) (via pagunonioi-1) (via yellowblog)
(via lain65) (via sw0oord) (via homh) (via cknbstr)
(via syuta) 「めっちゃ、驚いた話なんですけど…」
「そこまで気を使わんでエエよって思った話なんですけど…」
よく木村祐一さんやほっしゃんさんが、こんな出だしで話しはじめるのを聞いたことがないでしょうか。出だしでは、オチの出来事の感情だけを切り取って、「○○な話」と先に話してしまうのがポイントです。
え!そんなことしたら、オチも見えてしまうし、ハードルがあがるんじゃ…?
いいえ。そうではありません。
ハリウッド式の脚本の技術を学ぶとき、はじめに叩きこまれるのが、この「セットアップ」という技法です。聞き手に「これは何の話か?」としっかりほのめかすことで、期待と予測を正しい方向に案内するのです。
つまらないと感じる話や映画・ドラマを見ていると、「この話はどこに向かっているんだ?」「あれ、思ってたのと違う…」と感じてイヤになることはありませんか?これはセットアップができていない証拠です。
話は、ほどよく抽象的にセットアップしましょう。
面白い話には、共通点があります。
それは、目の前にその出来事が実際に起きているかのような「臨場感」があることです。
学校の話を聞いていると、本当にその学校にいるような感覚になったり、ヤンキーにからまれている話を聞いていると、手に汗を握ったりします。
「臨場感」を感じてもらうのに大事なのは、次の3つの感覚を釣り上げる表現を使うことです。
たとえば、小籔千豊さんが「ポニーテールのちっちゃい宇崎竜童みたいなオッサン」(Visual)と言うと目の前にありありとその人物が浮かんできますし、擬音マジシャンの宮川大輔さんが「腐ったカレーの入ったフライパンをスナップをきかせて”ゆんっ!”っと投げた」(Auditory)というとその場の状況が伝わってきます。
私たちは、コミュニケーションにおいて大事なのは「言葉」だと思っていますが、実はそうではありません。
言葉は「伝わりやすさ」に、たった7%しか影響を与えておりません。
悲しいことにほとんど、聞かれていないのです。
「え!じゃあ何が大事なんだ?」
アメリカの心理学者アルバート・メラビアンの研究によると、「伝わりやすさ」に影響するのは、言葉が7%、口調や話の早さなどの声のトーンが38%、身ぶり手ぶりや顔つきなどのビジュアル情報が55%となっています。
かんたんにいえば、ボディ・アクションが大事なのです。
ダウンタウンの松本人志さんは発想が面白いのはもちろんですが、この「メラビアンの法則」の使い手でもあります。立ち上がって身ぶり手ぶりをフルに使って、額に汗をかきながら話すその姿は、私たちをその場にワープさせてハラハラドキドキさせるのです。
面白い話を人に話すときに、ついついやってしまうのが、
「いやぁさあ(フフッ)、この前おもしろい事件があってさぁ(プププ)」
と笑いながら話してしまうことです。
(私もよくやってしまうのですが…)
逆の立場になるとよくわかりますが、まだ面白い部分に到達していないのに笑いながら話されてしまうと、聞くほうは「何が面白いのかわからん!」と、興ざめしてしまいます。
笑うのは最後です。
そこまではポーカーフェイスを徹底し、風船をふくらますかのようにフリを吹きこんで、「いったいどうなるんだ!」とハラハラさせて、最後にBANG!です。
フリ(伏線)をどのように設計したらいいかわからないことがよくある。
「オチの反対をフリ」のようにいう人もいるけど、それだとオチが予測できてしまう。
フリとはモヤモヤ。「ん?どうなるんだ」という疑問を、聞き手にわからないように提示していく作業である。言い換えれば、全体像がわからないギリギリまで、ジグソーパズルを組み立てていく作業と言えるかもしれない。
千原ジュニアさんが以前した話で、こんなのがありました。
「お寿司屋さんで、カップルがいたんですよ。男のほうがすっとプレゼントを渡して、女のほうが、えー開けていい?って聞いてあけはじめたんです。大きな箱をあけたら、さらに、きんちゃくポーチみたいものが入っていて、中を見た女の人が”えー!超うれしー!すごーい、カワイイー!”って言ってるんです。その女の人は、お世辞とかじゃなくて本当に喜んでる感じなんですよ。えーなんやろ?いったい何が入ってるんだろうと思ってドキドキして横目でみてたんです。」
もうモヤモヤがたまらない。ジグソーパズルがどんどんできていく。
この後に最後のオチが来て、ビッグ・フィニッシュ。
最後の最後までできあがって、十分にひっぱりきったなら、
「その後、何が出てきたと思います?ビックリしましたよ。(オチをいう!)」
これでビッグ・フィニッシュ。
オチは最後です。オチは倒置法でいいましょう。
そうはいっても、むずかしい。これがすべらない話。
実際はこんなに単純ではなくて、もっと高度な技術があったり、キャラクターが大事だったり、言葉のセンスやいろいろな要素が関係するのだろう。
でも基本がわかるだけでも、すこしはマシになる。
居酒屋や学校で盛り上がるレベルにはなれる。
ビジネスの現場では、一番大事なことは、一番はじめにいって、モヤモヤなどつくらない。社会人をやっていると、知らず知らずのうちに、こういう話し方に慣れてきてしまうので、話がつまらない。すべってしまう。
「すべらない話」を話そうと思って気がついたのは、だれかを楽しませようとあれこれ練るのはとても楽しいことだいうことだ。日常生活を生きていて、面白いネタにであったら、ストーリーを考えてみるのも面白いことかもしれない。
まず、人生相談最大の悩みの一つである、性について。
相談が「彼女はいるのですが、どうしても風俗通いがやめられません。風俗に行くと、彼女には要求できないことも要求できて、とにかくハマってしまうのです」。
これに対する回答が、こうだ。「実はセックスというのはお互いを汚しあうことなんです。だから、本当にキミが彼女のことを好きなら、彼女と一緒に汚れる性を体験しなければ本当の性は完結しないんだ。(中略)そしてまたセックスっていうのは、お互いを汚し合い、お互いを洗い合うところに本質があるんだな。だから、セックスの後に言うじゃない、「ごめんね、痛くなかった?」って。あれは、汚した体を洗ってあげてる時の言葉なんですよ。キミが風俗にハマっているのは、相手を洗ってあげる必要がないからなんだよね。それは、例えばレストランと一緒で、自分が食べたものを後片付けする必要がないから、気楽だし、好き勝手注文することができる。でも、毎日レストランばかりじゃ、飽きちゃうし、お金も続かなくなるわけでしょ。そうすると、やっぱり自分の家で食べるご飯が中心になるし、いちばん落ち着ける場所になる。だから自炊をするんだけれども、自炊をするために魚を買ってさばいてみれば、はらわたは出るし、生ゴミなんかたくさん出るわけだ。すると当然、部屋は汚れるよね。実は本当の性、セックスというのはそういうことなんです。今のあなたは彼女とのセックスを汚さないように、散らかさないように、後片付けがしやすいようにやってると思うんだ。でもさ、若いんだったらふたりで片付けないと片付けきれないぐらい汚したりしていいんじゃないかな。キミはもっと獣性や野生を出して彼女を汚すべきなんだ。そして、その汚れをふたりできれいに片付ける。そんなところに、本当の愛につながる性の道、セックスの道というのがあると思うんです」。
そしてさらに、人生相談の二大テーマとも言うべき、人生のむなしさについて。
相談が「最近、ボクはなんのために生まれてきたのかと考えることがあります。(中略)人間って一体なんのために生まれてくるんでしょうか」。
それに対する答えが「この問題に対しては、人から聞いた答えはつまらないものになってしまうのです」というものだ。ここまでは、実に普通で一般的な人生相談の回答だ。自分でそんなもん考えろ、と当たり前に正しい結論になってしまうのだが、武田鉄矢はここでは終わらない。「ただ、その問題を考えている人たちは、みんな悩みながら、なぜか突拍子もないことをやり始めているんです。ちょっと難しい話になったので、簡単な例を挙げてみましょう。桃太郎という昔話があります。よく考えてみてください。桃太郎っていうのは実に変なヤツですよね。桃から生まれたといわれて、ある日突然、鬼ヶ島へ鬼退治に行くわけです。だいたい、桃から人間が生まれるわけがないと思っていますよね。そんなことは子供でもわかります。それに、自分にはおじいさんとおばあさんしかいない。村の友達と比べれば、なぜなんだろうと不思議がるでしょう。そこで、桃太郎は鉢巻を締めて考えたんでしょうね。「オレはなんで生まれてきたんだろう?」。そこで出た結論は、「オレは鬼退治をするために生まれてきたんじゃないだろうか?」だったと思うんです。オレはどうやらふつうのやつとは違う、オレはなにか突拍子もないことをするために生まれてきたんだ。その突拍子もないことはなにかと考えたときに、それが「誰もやらない鬼ヶ島を攻めること」だったんじゃないでしょうか。突拍子もないことをやることで、桃太郎は、オレはなんなのか? という答えを見つけたんだと思うんです」。
なんというしなやかでアクロバティックな想像力。どうしてそこで桃太郎が出てくるか分からないが、実に説得的だ。こんなところにこんな才能が埋まっていたとは、武田鉄矢。
- 2007-02-16 - エロ本編集者の憂鬱と希望 (via toronei)
『プレイボーイの人生相談―1966‐2006』(集英社)より。
(『週刊プレイボーイ』40年間の「人生相談」のコーナーをまとめたものです。武田鉄矢さんの項から)
【質問:知人がガンで入院しました。それもこれて2度目です。はっきりとはわからないのですが、そんなに長くないらしいのです。お見舞いに行って死を目の前にした知人になにを話していいのかわかりません。それに、もし自分が同じ立場になったらと思うとちょっと涙が出てきてしまいます。武田さんだったらそんな知人にどんな言葉をかけてあげますか。また、自分が同じ立場だったらどうしますか。
武田鉄矢:あなたのとまどいは本当によくわかります。実は、ボクは春先に実兄を亡くしました。
その直前、兄を見舞いに行こうとした時に、兄の嫁から「あと数週間で……」というようなことを言われたんです。
そういう時って、やっぱり何を話していいかボクでも考え込んでしまいます。だから、病院に行くまで、なんて声をかけようか頭を悩ませていましたし、兄貴の顔を見ても、かける言葉がなかったんですね。
そうしたら兄貴のほうから話しかけてきました。それは、今年は桜が遅いとか早いとか他愛のない話だったんですが、実はそれでよかったような気がするんです。
死を目の前にした人へのお見舞いという状況は、誰でも言葉をなくしてしまうものなんじゃないでしょうか。
そして、言葉をなくしてしまう状況というのは、実は人生の中にはたくさんあって、その時間はただひたすら耐えるしかないんだと思うんです。言葉というのは、それほど万能なものではないんです。言葉をかけることよりも、黙ってそばにいてあげることのほうが大切なことがたくさんあるんじゃないでしょうか。
それから、兄の見舞いに行ってひとつだけ学んだことがあるんですが、病気をしている人や死というものを見つめている人にとって重大なことは、「がんばってください」と励ます言葉ではなくて、、「苦しいんですね」と同じ感情になってあげることなんですね。つまり、励ましの言葉はそこでは必要ないみたいなんです。相手が言った言葉をそのまま繰り返して言ってあげる。言葉ができることはそこまでだっていう気がするんです。
死の問題というのはボクでもさすがにこたえる問題です。だから、あなたのような若さではひときわこたえることでしょう。とりあえず、お見舞いに行くキミの知人には、「がんばれ」という言葉よりも、ただ単に「苦しいんだろう?」と同調してあげる。それだけで十分なんだとボクは思います。】
- chijinheno (via toronei)
性格は顔に出る、生活は体型に出る、本音は仕草に出る、
感情は声に出る、センスは服に出る、美意識は爪に出る、
清潔感は髪に出る、落ち着きのなさは足に出る。
- 性格は顔に出る、生活は体型に出る : 2chコピペ保存道場 (via syuta)